2015-12-31

2015年よ、ありがとう!

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今年は、いろいろありましたわーっっ。
開業したり、親の介護をしたり。。。まー、自分的なものなので、他人様から見たらたいしたことでもないのでしょうが、思ってもみなかったことの始まりというのは、やはり感慨深いもの。

皆様、年末の大晦日、いかがお過ごしでしょうか。

ぱんだは、軽い風邪などをひき、予定をキャンセルして、大掃除が小掃除になり、ボーッとしております。 
年を取ると、だんだん年末も正月も関係なくなってきて、いつもの日々と変わらなく過ごしてしまうというのを聞いたことがありますが、本当、実感できますね。
クリスマスなんて、「とりあえずプレゼント交換する日」になっちゃってます。 フホホホ。。

カバン様のアップも怠っている今日この頃ですが、このサイトは続くよどこまでも。

ザ・頑張ります。


アメブロのチャームブログも併せて、来年も宜しく御贔屓のほどお願い申し上げます。

今年一年間のご愛顧、誠にありがとうございました。


不肖の管理人  ぱんだ



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2015-12-17

<今日のカバン> VOL.115

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久し振りにもほどがあるような、カバン様のアップですー。

これは、最近ヘビー・ユーズしちゃっているお気に入りのもの。
お店のガラスケースの中にディスプレイされておりました。 もう、ドンピシャの一目ぼれです。

お持ち帰りの場所は、有楽町丸井イトシアの1Fにある「パピヨネ」さんです。 このサイトでは、もうお馴染みですね。

素材は全革で、中布は綿です。 鮮やかなミントグリーンに、グレーのペイズリー柄。。。お洒落ーっっっ。(wwwwwwww)

ちょいと重いのと、肩掛けがキツイのと、ピラピラしたフリンジがモップみたいに床掃除してしまうという欠点(?)も、ご愛嬌と思えるほど好きなカバン様です。
今年の秋冬、ファッション雑誌では「フリンジ特集」大流行りだった割には、街で持ち歩いている人をあまり見かけなかったなー。
流行っていうのは、巡り巡ってくるものですが、日本人があまり好まないデザインなんでしょうか。
ぱんだは、フリンジ大好きオバさんなんですけれども。。。

そういえば、丈の長いロングコートも、大昔に馬鹿みたいに流行して、誰も見向きもしなくなりましたが、昨今、また出てきているようですね。 でも、重いからなぁぁぁー、コートはさーっっ。。。
ぱんだも、大昔に勢いで買わされた(???)リアルムートンのロングコートを、着るに着られず、捨てるに捨てられず、丈を切るのもどーかと思い、タンスの奥深くに眠っていただいています。
ぱんだが生きてるうちに、また大流行りして欲しいなぁー。。。


(41(57)×27×11)
お値段ですが、確か、35,000円くらいだったような気がします。 一目ぼれの場合、お値段はあまり気にしないのです。後で請求書を見て、ようやく自分の愚かさを悟ったりします。。。うーむ。むむむむ。。。でも、このカバン様は後悔無し!!!


2015-12-13

映画 「海難1890」

12月の忙しい最中ですが、かねてより気になっていた映画、「海難1890」を観に行ってきました。

この映画は、トルコと日本の外交にも一役買っておりまして、それどころか日・トルコ合作で、わざわざ親善のために制作されたような映画なのです。

ぱんだは、「エルトゥールル号」の遭難事故については漫画雑誌で読んでおりました。 正直、それまではこの歴史的大惨事のことをまったく知らなかったといっても過言ではなく。。。

1889年、オスマン帝国の威信をかけて、ボロボロだった帆船で船出をしたトルコの海軍たち。
明治天皇への返礼を届けるためのものでした。
日本で無事に大役を果たしましたが、船員たちが当時流行っていたコレラなどに罹り、帰国が遅れながらもようやく横浜を出航したのは、1890年の6月でした。
和歌山県沖で台風に遇い、船が座礁して乗組員532名が亡くなりました。
それでも、南紀大島・串本村に漂着した69名の乗組員を、島民総出で助け、介護をし、自分たちの蓄えの一切を投げ出しての人命救助。
なかなかできることではありませんよね。
そして、無事に彼等を帰国の途につけさせるまで面倒を看ました。
さらに、埋葬のために全てのご遺体分の棺桶を作り、手厚く葬ったのです。 海から引き揚げた遺品も、島民の女性や子供たちがピカピカに磨き上げました。 それは、ご遺族が痛んだ品々を見て悲しむことがないようにとの配慮だったのです。
後に、トルコ政府から薬代や宿泊費などが送られてきましたが、彼等は「お金が欲しくて助けたわけじゃない」と、船員の遺族たちへ渡して欲しいと、そのお金を全て返金したそうです。

前々回も書きましたが、紀伊半島って「神仏を敬いお祀りする」場所が多く点在する関係で、温かい心の持ち主が多いのでしょうか。
「今、自分たちがやれることをやる」
という気持ち。。。阪神・淡路や3.11など、多くのボランティアさんが懸命に救助や手助けをしましたが、昔も今も、人間っていうのは捨てたもんじゃありません。 その反面、テロなどを起こすというのも事実ですし。。。 この問題は、マジで神様に聞かないとわからないことなのかもしれませんね。

その後、1985年イラン・イラク戦争でイランに取り残された日本人に、救援の飛行機を飛ばしてくれたのはトルコでした。
フセインが空軍や民間機への無差別攻撃を全世界に向けて発表し、命がけのフライトであるにもかかわらず、トルコ航空のパイロットたちは全員が迷うことなく志願したのです。
時間との闘いの中、大勢のトルコ人たちがイランからの出国を待つ中、絶望した日本人に「先に搭乗しなさい」といったのは、トルコ人たちでした。
日本人のために、飛行機に乗れなかったトルコ人たちは、何の文句も言わずに陸路で出国し、トルコへと向かったのです。
それは、1890年に起きたエルトゥールル号の海難事故の記憶が、彼等をそうさせてくれたのだと思います。
1機だけでも大変なのに、日本人のために2機を飛ばす決断をしたトルコ共和国(当時)の首相も、称賛に値しますね。
空爆が始まる1時間前に、すべての飛行機が離陸し、まさに「人間愛」が起こした奇跡と言えるかもしれません。

その間、日本政府(自衛隊)・日本航空は、危険だからという理由で飛行機を飛ばすことはありませんでした。
それが悪いと言うわけではありません。 様々な事情があり、断腸の思いでの決断だったのかもしれませんし。。。
でも、日本政府は全てのトルコ人たちに御礼を言わなければならないし、日本人が日本人を助けられなかった「恥」という意識を持つべきではないでしょうか。

最近、歳をとったせいか、涙腺がゆるいのですが、この映画は号泣でした。
あちこちで、すすり泣く声が聞こえました。
映画の持つ力を、改めて感じずにはいられません。 
この映画のロケ地は、和歌山県・南紀大島の串本。 エキストラは町の人々だそうです。 ご自分たちの祖先が示した真心を想い、泣きながら参加される方もおられたとか。。。

日本では教科書にすら掲載されていない事実ですが、それゆえに、トルコ人よりも、絶対に日本人が観るべき映画だと思います。



プロフィール

Author:naopan555
「ぱんだ」と申します。
東京・世田谷在住のカバン大好き女子!
ダンナと猫の3匹(?)暮らしです。

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